Top向学新聞2019年6月1日号 特集 アフリカ>マラリアに打ち克つ 順天堂大学医学部 教授 美田敏宏氏

 
マラリアに打ち克つ
 
~遺伝子診断の実現を目指して~
 


美田 敏宏 氏
順天堂大学 医学部 教授
熱帯医学・寄生虫病学講座



遺伝子の変異を突き止める


研究情報一元化の動きも


美田 敏宏 氏

<みた としひろ>
1990年長崎大学医学部医学科卒。東京慈恵医科大学助手、東京女子医科大学助手、同講師を経て、2012年に順天堂大学医学部・熱帯医学寄生虫病学講座教授、現職。専門は薬剤耐性マラリアへの取り組み、マラリア集団遺伝学など。


 アフリカでは依然として蚊を媒介とするマラリアで数多くの人々が命を落としている。ウガンダ現地での研究で、治療薬が効きにくいマラリア原虫が出現している事実を突き止めた美田氏は、その成果を応用し、遺伝子レベルでの診断法の実現につなげることを目指している。


 
薬剤耐性を持つマラリア原虫発見

――マラリア治療薬への耐性をもつ、つまり薬が効きにくいマラリア原虫が新たにアフリカで出現しているのですか。

 マラリアの第一の治療薬としては、1970年代に中国が開発した「アルテミシニン」がこれまで使われてきましたが、これが効かないものが新たに現れていることをわれわれは発見しました。アルテミシニンに限らず、これまで使ってきたクロロキン、ピリメサミン、サルファドキシンといった3つのマラリア薬は、いずれも耐性をもつ原虫が東南アジアから出現していました。具体的にはカンボジアとタイの国境、タイとミャンマーの国境からですが、2007年頃からはアルテミシニンの耐性原虫が出はじめ、ここ5~6年で急激にメコン川流域に広がっていることが分かっています。
 もともと全マラリア原虫の9割はアフリカに存在し、マラリアはアフリカの病気であるといえます。それで今回ついにアフリカでアルテミシニンの耐性原虫が出てきたので詳しく見たところ、この耐性原虫はこれまでのように東南アジア由来ではなく、アフリカ独自に変異が起こり発生した可能性が非常に高いことが分かったのです。

――どのような方法でそれを突き止めたのですか。

 これまで耐性原虫を発見する時には、患者さんに薬を投与して薬の効きを見ていました。それが最も技術や設備を必要としない方法です。しかしそれでは耐性原虫が出現してきていても、アフリカの患者さんの体は免疫力が高いために原虫自体を殺せるので、原虫の耐性が見つかりにくい状況になってしまいます。
 そこで、現地に行って患者さんから採血し、直接血液中のマラリア原虫を調べたのです。血を特殊な培養液に入れると原虫を増やすことができますが、アルテミシニンを投与してから増やすと、アルテミシニンの効きが悪ければ原虫が増えていき、効いていれば増えにくくなるわけです。それで今回、かなり薬の効きが悪くなっている事実が分かりました。

――この問題にわれわれはどう打ち克つことができるでしょうか。

 この研究結果の応用可能性は非常に高く、まず耐性原虫が存在すること分かったので、次には本当に人への耐性があるかどうかを見ています。その後、この耐性がどういう遺伝子の変異によってできているかを突き止める必要がありますが、その結果は少しずつ出てきています。
 人への耐性があることが確認できれば、耐性を簡便に早く診断する方法を見つけないといけません。それが遺伝子診断法となります。従来の診断法では入院させて6時間ごとに採血したり、3日間患者さんに来てもらって1日2回薬を飲むのを確認し、採血するといった手順の必要があり、医師にとっても患者さんにとっても大変です。もし遺伝子診断が可能になれば、例えば村に行って患者さんに並んでもらって血を1滴ずつ採れれば2日で2~300人の診断はすぐにできます。そのフィルターを日本に送ってもらえれば日本で診断できるので、調査地に行く必要もありません。そういった遺伝子での診断法が、将来役に立つようなレベルにもっていきたいと考えています。そのためには耐性遺伝子を見つけることが大切になってくるのですが、それを特定する遺伝子のマーカーはもう見つかりつつあります。

――医療が新たな段階に入っていきそうですね。

 これがうまくいけば今度は情報をどうやって集約していくかという段階になります。マラリアの分野は世界的にシステムが少しずつ動き始めていて、各研究者の研究データを1つに集めてマッピングするようなことはすでに行われています。米国・英国等の先進国を中心に、アカデミアレベルの情報管理を一元化して無料でアクセスできるようにし、マラリアの対策に役に立てるような動きは徐々に進んできています。
 以前は蛸壺型に自分の調査地の研究を自分だけで使っていたのですが、皆が集めたデータを使って論文を書いたり、様々な人にサンプルを渡して有機的に使えるようになることで、1つの国では分からなかったことが様々な国と比較する中で分かってくることもあるのです。

――全人類的なセーフティネットが拡大しそうでとても希望的です。

 医学者としては研究内容は必ず現地に還元しなければならず、応用に役立てるべきだということはやはり最も考えているところです。





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