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国際基督教大学 


真のバイリンガル人材を育成  リベラルアーツ教育で広がる進路

敗戦からの出発

 「国際基督教大学(ICU)は戦後日本と共に歩んできた。災後の世界をいかに作っていくのかがICUの新たな使命の一つ」。西尾隆教養学部長の言葉だ。リベラルアーツ教育、日英バイリンガル教育で世界を舞台に活躍する人材を輩出するICU。民間企業を始め、JICAやNGO・NPOなどで国際協力に関わる卒業生も多い。ベネッセの大学満足度調査(1997年、2001年、2004年、2007年)では4回連続全国1位を獲得。各方面から評価の高いICUだが、その出発は第二次世界大戦の経験抜きには語ることができない。
 雑木林に囲まれ、東京ドーム約13個分の広大な敷地を持つICUキャンパス。キャンパスを歩くと学生の憩いの場となっている芝生やチャペルがあり、アメリカかヨーロッパにいるかのような感覚を覚える。ドラマの撮影場所に使わせてほしいというオファーも届くという。
 第二次世界大戦下だった70年前、この場所は軍需産業の研究機関だった。米国本土攻撃を目的とした超大型爆撃機「富嶽」のエンジン開発、特攻機「剣」の試作機づくりが進められていた。世界有数の航空機メーカーだった中島飛行機の三鷹研究所がここにあったのだ。いずれも実用段階には至らずに終戦を迎え、研究所の資料もほとんど燃やされた。
 日本が敗戦を迎えて数週間、キリスト教徒によって世界平和を担う人材を育成する大学創設プロジェクトが始動した。この動きは米国にも伝えられ、日米協力しての大学設立運動となり全米に大きな反響を呼ぶこととなった。1948年にはニューヨークに「日本国際基督教大学財団」が設立され、日本では日本銀行の一万田総裁が後援会長となり日米で募金活動が行われた。その結果、1950年に現在の貨幣価値で約12億円もの大金が集まり、中島飛行機三鷹研究所の跡地を校地として購入する際その資金に充てられた。驚くべき事実は募金に協力した95パーセントの人々がキリスト教の信者ではなかったことだ。おやつ代の10銭を託した小学生もいたという。戦争の悲惨さと平和への強い思いを物語っている。


3つの使命

 「神と人に奉仕する」ことを理念としたICUは、日本で初めての4年制教養大学として1953年にスタートした。ICUは大学名にある①国際性②キリスト教③学問の3つの使命を負っていると謳う。
 まず、リベラルアーツ教育が柱の一つだ。現在学生数は約3000名で、教養学部アーツ・サイエンス学科という一学部一学科と3学期セメスターを導入している。専攻は3年生に進級する前に決めるため、それまでの2年間は、法学、公共政策、物理学、化学、平和研究など32種類もある多様な分野を自分の興味に従って学ぶことができる。「色々な世界を見て、将来についてじっくり考えることができると思った」と入学の動機を話すのは1年生の山本早弥花さん。「自由に学ぶ内容を決めることができ楽しい」と充実した学生生活を送る。専攻も一つに絞る必要はなく、例えば経営学と音楽の2分野を組み合わせる「ダブルメジャー」や、専攻の比率を変えた「メジャー、マイナー(副専攻)」もあり自ら学びの形を作ることができる。就職相談グループ長の下村康雄氏は、例えば国際協力に関わりたいと希望する学生に対して「国際協力は経済、金融、環境などの分野からも関わることができる。自分の方向性を定めるのがメジャーだ」とアドバイスし、「常に学びと働くことを線で繋ぐICUスタイル」を重視する。「国際協力」というキーワードに広がる多様な選択肢を高校卒業時点ではなく、大学でしっかり学び見極めることができるのが特徴だ。
 さらに、「行動するリベラルアーツの重要性を1990年代から強調し始めた。学びと社会実践をリンクさせる」(西尾教養学部長)ため、授業で事前準備をしたうえで、非営利機関で30日以上の無償サービスを行い、活動報告のレポート提出とプレゼンにより単位を取得できるサービスラーニングプログラムも行っている。活動先は学生自らが見つけ、日本国内のみならず、アメリカ、ベトナム、タイ、ネパール、カンボジアなどの非営利組織で活動してきた。ボランティア活動に取り組む学生も多い。「ICUの学生は机上の勉強だけではなく、積極的に実体験する」と話す山本早弥花さんも、昨年の夏休みに福島県に赴き、避難所の子供達を支援するボランティアに参加した。24時間子供達と密着した生活を送り、「話だけ聞いてぼんやりとイメージして分かった気になるのではなく、実際に行ってみて初めてわかることがある」と強調する。


日英バイリンガル教育
 
 ICUのもう一つの柱は国際性、日英バイリンガル教育だ。ICUの授業は、英語、日本語での授業や、英語と日本語が入り混じった授業も開講されている。しかし、4月入学の新入生はリベラルアーツ英語プログラム(ELA)、海外から9月に入学する新入生は日本語教育プログラム(JLP)が必修となり、それぞれ英語と日本語を徹底して身につける。4月入学生向けのELAでは、入学直後のプレースメントテストと海外経験を踏まえてELA1~ELA4に分かれ、さらに約20人の少人数で「英語で学ぶ」ためのアカデミックスキルを学ぶ。ELA4の最初の学期では一週間12コマもの授業がある。課題の量も多く、山本早弥花さんは「1年生は英語漬けといっても過言ではない」と話す。
 「ドキュメンタリー制作が夢で、日本は内容も技術も高く日本の大学で学びたかった」と話す2年生の張元さん(韓国出身)は9月入学生。高校時代を中国とアメリカで過ごしICUに入学した。流暢な日本語で、「ICUの日本語の授業も、先生も本当に素晴らしい」と話す。JLPも入学時のプレースメントテストで初級・中級・上級の8つのレベルに分けられ、上級レベルでは大学内外で必要な日本語力を養成する。4月入学生が卒業に必要な単位は136単位だが、JLPを履修する9月入学生は140単位が必要で日本語教育に力を入れている。
  さらに、ICUには日本人学生、外国人学生が共に生活する国際寮があり、お互いに異文化を直接肌で感じる絶好の機会となっている。また、市役所での手続きなど来日間もない留学生を数日間ボランティアでサポートするのは、留学生として海外で学んだ経験をもつ日本人学生が中心になる。例えば、用件は代筆だけに関わらず、買い物に付き合ったり、大学案内をするなど積極的にサポートする。ICUはカリフォルニア大学(米国)、エセックス大学(英国)、ベルリン自由大学(独)、梨花女子大学(韓国)など、21カ国63大学と交換留学プログラム協定を結んでおり、多くの学生が世界各国へ留学している。学生が積極的にボランティアで留学生をサポートするのは、「留学先で大変なことが多かったのだろう」と学生サービス部の相原みずほさんは話す。海外へ出ることで日本で生活す る留学生の気持ちが一層分かるようになる。留学生の送り出しと受入れの両面でICUの国際性は発揮されている。


キリスト教

ICUはキリスト教精神を土台にしている大学だ。キリスト教概論は全学生が必修で、専任教員のほとんどがキリスト教を信仰している。キャンパス内にチャペルもあり礼拝が行われているが、「キリスト教を押し付けることはしない」と西尾教養学部長は話す。学生もキリスト教徒の他に、イスラム教徒、ユダヤ教徒、仏教徒、無宗教など立場は様々ではあるが差別は一切ない。キリスト教徒でもある張元さんは「ICUの下で一つになれる」と強調する。
 ICUには宗教を越えた奉仕の文化が根付いている。学生から「教授と学生の距離がすごく近い」、「名前を覚えてくれることも多く、教員と良好な関係を築くことができる」と教員を評価する声が多い。原則として1週間最低2時間以上、学生が自由に研究室を訪れ質問・相談できるオフィスアワーが設けられているうえに、時間外にも学生をサポートする教員が多いからだ。西尾教養学部長は、「教員は非常にサービス精神に富んでいる。優秀な方が学生に費やす膨大なエネルギーを執筆に使えば、より本を書けるのではと思うこともあるが、喜んで教育に献身している。言葉だけでなく、教員がどのように教育を行っているかに圧倒的な意味がある」と話す。


広がる可能性

ICU生の進路は約60パーセントが就職をし、24パーセントが大学院へ進学している。就職希望者の就職率は9割を超え、アンダーソン・毛利・友常法律事務所、伊藤忠商事、ファーストリテイリング、日立製作所、日本IBMなど就職先の業界は多岐に渡る。ある外資系企業からは「語学力や国際性がある大学は日本にいくつもあるが、真のバイリンガル人材の育成というと限られてくる。ICUは数少ないバイリンガル人材を輩出するにふさわしい大学として期待している」と評価されている。
 大学院進学も24パーセントを誇り、全国平均の12パーセント(文部科学省調査)を大きく上回るのはリベラルアーツ教育ならではだ。進学先にはICU大学院(17名・2010年度)の他、東京大学大学院(23名)を始めとする国内外の大学院がある。そのためICUから直接就職するのではなく、大学院で公共政策を学び省庁で勤務するケースなど幅広い選択肢がある。就職支援グループ長の下村康雄氏は「グローバルな力とリベラルアーツの視点を踏まえた上で、専門性と経験を深めることができ様々な可能性をもっている」と話す。進路指導の際最も重視するのは「知名度やブランド力ではなく、学生の満足感、納得感」で、エントリーシート対策や面接対策講座ではなくモチベーションセミナーを行っている。


世界平和に貢献

 大学の名前にある、国際性、キリスト教、学問を養ったICU生は 、国際関係機関や民間企業など、働く立場が違っていたとしても「世界平和に貢献する」という思いが共通する。西尾教養学部長は話す。「『最も小さき者にしたことは私にしたことだ』というイエス・キリストの言葉がある。なぜ自分が汚れ仕事をするのかということではなく、高貴な仕事だと思って取り組む学生が多い」。
 本当のグローバル人材とは何なのか。「世界平和」という志こそが語学力や専門性の土台にあるべきだとICUは伝えている。


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