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村上雅人氏(芝浦工業大学学長)         
 ×佐々木瑞枝氏(金沢工業大学客員教授)
 


世界に貢献する理系人材の育成  
ものづくりへの尊敬と愛着を育む

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 長い歴史をかけてものづくり文化を作り上げてきた日本。先進国の若者がどんどんものづくりから離れていくなかで、これまで培ってきた日本の伝統と文化にもとづいた教育が、世界に驚きを与えている。今回は金沢工業大学の佐々木瑞枝客員教授が、芝浦工業大学の村上雅人学長にお話を伺った。


佐々木) 18歳人口が減少する中、イノベーションを生み出す理系人材の育成は益々重要になってきています。芝浦工業大学は私立理工系大学で唯一文部科学省のスーパーグローバル大学(SGU)に選ばれ、理系人材の育成とグローバル化という日本が直面する課題に真っ向から挑戦されていますよね。

村上) そうですね。私は日本が世界の中でプレゼンスを維持するためには、科学技術しかないだろうと考えており、若者が希望を持って理工系に進学することが重要です。ですから、本学では「世界に学び、世界に貢献する理工系人材の育成」を教育目標に掲げ、グローバル化を一層加速させているところです。SGUに採択され、2023年には、海外研修や海外インターンシップなどで全学生が一度は海外体験をもつ、外国人留学生の割合を全学生の30%まで拡大、600に及ぶ英語による授業の開講などを実行し、世界水準の大学を作るビジョンを描いています。
 グローバル化にあたり「メタ(超)ナショナル(国家)」というワードを軸の一つに据えています。元々は自国の利益を基盤としてグローバルな視野から社会的経済価値を創造するという経済用語なのですが、本学では「ものづくり文化を基礎とした世界での理工学教育の実践」と意味づけしています。

佐々木) なるほど。ものづくり文化は日本の伝統ですが、世界はどう評価しているのでしょうか。

村上)以前、本学で材料を研究している学生を米国サンフランシスコの国際会議に連れていったことがあります。油にまみれながら研究した成果を発表した彼らに対し、米国の研究者達から「日本では若者がものづくりに取り組んでいるのか」と驚嘆の声が上がりました。なぜなら米国では優秀な学生はウォール街などでの成功を目指す傾向にあり、ものづくりはもっぱら中国やインドからの留学生に頼りきりだからです。ヨーロッパでさえ似た状況に陥っています。
 日本が他国に比べてものづくりを尊重している背景には伝統的文化の存在があると思います。例えば、長い間使ったものには神が宿る「付喪神」という言葉があるように、モノを大切にする文化が歴史的に根付いています。
 また、教育面を見ても、日本の大学では学生に長期の卒業論文研究を課すことで手塩にかけて人を育てます。実は1年など長期の卒業論文研究は世界的に非常に珍しいのです。学生は毎日実験に励みますが、それを研究室で指導する教員の負担も大きいからです。日本では指導する教員も同様の教育を受けてきているため当たり前となっていますが、貴重な伝統なのですね。その苦労の過程で、学生のなかにものづくりに対する尊敬と愛着の念が育まれていくのです。
 昨年マレーシアで世界の学長クラスが集まる国際会議があり、サウサンプトン大学(英国)の副学長が、「最近1年間の卒業論文研究を始めました。英国では本学しか取り組んでいません」と話していたことからも日本の特異性は明らかです。

佐々木) 素晴らしいですね。日本のものづくり教育は世界に誇るべきもので、留学生にとっても魅力的な体験ができるでしょうね。

村上)そうですね。ものづくり文化を留学生にも伝えようと、1990年代初頭から積極的に国家プロジェクトに参加して留学生を受け入れてきました。その一つがマレーシアとのツイニングプログラムです。これは日本語教育を含む大学教育の前半をマレーシア現地で、後半を日本の大学で実施する留学生受け入れプログラムです。マレーシアはアメリカやイギリスの大学ともツイニングプログラムを実施しており、画期的な大学間提携として認知されています。日本では本学をはじめ、近畿大学、東海大学など私立13大学がコンソーシアムを作り、マレーシアへの教員派遣や留学生を受け入れています。
 マレーシア以外では、ブラジルとも深い繋がりがあります。現在ブラジル政府が資源国から工業立国への転換をめざし、10万人の工学系学生を海外留学させる「国境なき科学」計画を推進しています。日本の大学もブラジル人留学生を受け入れており、これまで本学は日本で最も多い100人を超えるブラジル人学生を受け入れています。また、2013年に安倍首相が表明した5年間で1000人のアフリカ留学生を受け入れる「ABEイニシアティブ」にも参画し、約10人が本学で研究に取り組んでいます。

佐々木) まさに世界に貢献する理工系人材を育成されているのですね。

村上)ありがとうございます。実は我々の最大の目標は、留学生を受け入れることで世界に芝浦ファンを作ることなのです。例えば、ツイニングプログラムで本学の学位を取得した東南アジアからの留学生は、多くが母国に戻って大学の教員を務めています。現在彼らを本学の兼任教員にしようと考えているところです。そうすれば学生を東南アジアに派遣する際、彼らのお陰で安心して送り出せますし、後輩を可愛がってくれるわけですね。

佐々木)元留学生との連携は日本の課題でもあり、素晴らしい取り組みですね。最後に今後の展望について教えて下さい。

村上)これまでの基盤をもとに、東南アジアを中心に産学官が連携するGlobal Technology Initiative(GTI)コンソーシアムを年内に設立する予定です。JICA、JETRO、NTTデータ、トヨタ自動車、マレーシア工科大学、キングモンクット工科大学トンブリ校(タイ)などが集まり、政府間プロジェクトから教育連携までを行なう壮大な計画で、本学が事務局を担当することになりました。東南アジアを中心とした人材育成のニーズが非常に高まっているなか、日本人学生・留学生が行き交う大規模な産学官連携での教育は大きなインパクトを生み出すはずです。

佐々木) とても画期的な取り組みで感銘を受けました。この度は貴重なお話をどうもありがとうございました。

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「留学生の生活をサポートする学生プロジェクト」の一つである"Lunch meeting"。学食のスペースを使って、日本人学生と留学生が一緒に昼食を楽しんでいる。

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むらかみ まさと 1984年東京大学工学系大学院博士課程修了。工学博士。新日本製鉄株式会社第一技術研究所研究員等の民間研究員を経て、1995年に名古屋大学客員教授に就任。その後、岩手大学、東京商船大学に勤めた後、2003年から芝浦工業大学で勤務。同大学にて工学部教授、副学長等を歴任。2012年に学長就任。



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