<向学新聞2020年10月1日号記事より>
シリル コピーニさん
落語パーフォーマー 言語学者 アンスティチュ・フランセ日本
落語は想像を喚起する舞台芸術
フランス語で伝える日本文化
フランス出身で日本在住23年のシリル氏は、落語を日本の舞台芸術として海外に広めている。落語の魅力、日本文化の発信、今後のビジョン等について伺った。
シリル コピーニさん
<プロフィール>
Cyril Coppini シリル コピーニ
フランス南部のニース出身。日本在住23年。フランス国立東洋言語文化研究所で言語学・日本近代文学の修士号を取得。1997年に在日フランス大使館付属文化センター「アンスティチュ・フランセ」に入職し現在に至る。落語パーフォーマーとしては2011 年から活動を開始し、国内外で落語の実演・講演会・ワークショップを積極的に行っている。また、2013 年から日本のサブカルチャーコンテンツの翻訳と海外への紹介を開始。
今の仕事と活動
大使館と翻訳と落語の3つです。来日以来フランス大使館の職員で、学校と文化センターを兼ねたアンスティチュ・フランセで勤務しています。長年、フランス文化を日本に広める中で、10年ほど前に、「逆に日本文化を海外に広めたい」と思ったタイミングで、落語との出会いがありました。その際、大使館からハーフタイム勤務のオファーを頂いたので、日本国内だけでなく、海外でも落語の口演を行うようになりました。
当然、収入もハーフなので、落語にプラスして稼ぐ道を考えました。自分ができることは日本語とフランス語しかないと思い、ちょうど人との縁があり、漫画(名探偵コナン)の翻訳をやり、翻訳家にもなりました。大使館と落語と翻訳の仕事と、うまくバランスを取ってやっています。
この3つの仕事に共通するのは日本語で、強いて言えば、私の仕事は言語学者になります。30年前、高校生の時に日本語をやり始めて、それが今に繋がっています。
日本との出会い
故郷のニースの高校で、日本人の良い先生との出会いがありました。その第一印象の影響が大きいです。
15歳で日本語を学び始めて、パリの専門大学で日本語を学び、日本文部科学省の奨学金で信州大学に留学し、20代前半で福岡に着任して仕事を始めました。私としては当たり前のプロセスを踏んできました。
40歳の時に、次は何ができるかと考え、日本語だけでなく、落語にも興味があって、噺家との交流は面白く日本語の勉強にもなると思ったのです。過去と今と将来が繋がっています。
落語との関わり
言語学者として過去の文献を研究する道もありましたが、落語の方が楽しいと感じ、人との交流や新しいものを創る感動に惹かれたのです。
落語は想像力を豊かにします。扇子1つで、蕎麦も食べられるし、タバコも吸えます。
でも、落語は海外ではあまり知られていません。日本人も落語のことはあまり分かっていないと思いますし、「笑点」が落語だと思う人もいるかもしれません。落語家しか本当の落語のことを知らないです。一般の人とは違う世界にいる雰囲気もあります。地方では寄席も少ないので、触れる機会が少ないかもしれませんが、寄席の落語は4時間半も楽しめるし、客入れが無い時は寄席に8時間も居ることができるので、とてもコスパが良いですよ。
私は師匠に正式に弟子入りしていないので、落語家ではなく落語パーフォーマーですが、師匠には良くしてもらっています。大御所の師匠が海外に行くときは、私が現地で様々な手配をして、落語を、日本文化を広めることに繋がっていますので、少々のことは、師匠も大目に見てくれているかもしれません。
フランスでの口演
フランスでの日本文化
文化に拘るのは、文化への気持ちが強いフランス人の癖ですね。フランスは文化に相当な予算をかけ力を入れていて、小さい頃から文化にアクセスしやすい環境です。映画もライブも安いですよ。
今、私は日本文化の紹介をして、日本の国がやるような事をやっています。こうした新たな取り組みを伸ばすために、関わっている人達を応援する文化的な助成を、日本政府に期待しています。今は足りません。
一昨年、日仏交流160周年記念「ジャポニスム2018」がありました。申請や開催内容を日本側で決めていて、有名人の関わりで報道機関を集めるには良かったのですが、予算はあるので、今後は現地サイドも関わる形にすれば、無名でも新しい人が活躍できる場になっていけると感じました。民間レベルで日本を紹介するフェスは増えているものの、国の支援があるともっと良いと感じます。
パリのジャパンエキスポは、日本を紹介する欧州で最大のフェスです。来場者が多く人気があるので出演料が高騰していますが。
それに対し、10年前からフランスの地方都市でも、地方版ジャパンフェスを開催し始めました。参加はオープンで、日本文化の浸透に繋がっています。アニメ・漫画・コスプレがメインで、人が集まりやすいです。トゥール市のジャパントゥールフェスティバルは、スタート当初から伝統ステージも取り入れていて、私も5年前から参加しています。
日本文化への意識は増えていて、「いろいろあるぞ」という感じで、食文化も浸透してきています。以前は芸者・サムライ・寿司といったところでしたが、今や、サケ・オニギリ・ソバ・ウドンが、そのままの言葉で広まっています。
私は講演会も行っていますが、結局「文化交流は何か」と考えてみると、「異国のものを自分のものにする」事だと思います。完全に日本のままで取り入れるのではなく、地元に合うようにカスタマイズするのです。和食レストランも、米の質とか環境も違うし、同じようにはできないので、カスタマイズしています。
落語も同様です。日本人が思い描く落語とは違い、カスタマイズしています。フランス語と日本語とで言語も文化も違うので、そこは大目に見てもらう事になります。いろいろ学んで吸収して自分なりにやっていますが、これまで日本と接点の無かったフランスの人に、落語の雰囲気を伝えられています、伝え方の勘所があります。
カナダでの口演
文化的な深み
文化は、コンテンツはあるがクオリティはどうかが重要です。文化関係の取り組みを趣味でやっている人ならノーギャラでも良いのでしょうが、それを仕事としてやっている人には、趣味の方が多く入って来ると困ることになります。文化の質を下げることにもなります。
言語学者として話すと、日本語は語尾で女性とか侍とか子供とかが分かります。それはフランス語では表現できません。自分のことを表すのに、日本語は、ワシ・オレ・アタシ…と表現がたくさんあります。フランス語ではそういった区別ができないので、区別するには声のトーンを変えるとか工夫しています。
フランス語の良いところは、深くてリッチなところです。尾瀬あきらのマンガ『どうらく息子』を翻訳しています。これは、寄席を見て感動した青年が、落語家に弟子入りする話です。真打まで行けるか、落語のドキュメンタリーにもなっています。それを読んだ後に演目も楽しめます。
独特な言葉をどうやってフランス語にするかを調べていくと、古いフランス語とかを使い、演目の雰囲気を持ちつつフランスチックで訳しています。古典落語『金明竹(きんめいちく)』で、蛙(かわず)と買わず(かわず)を掛けています。フランス語の活字だけでこれを伝えるには表現の工夫をしますが、『どうらく息子』はマンガで読者は絵も見るので、全く違う表現にすることはできません。それで調べていくと、「カエル」のフランス語の古い言い方で「買わない」という意味の表現がありました。これを見つけた時は、興奮しました。皆、尾瀬あきらを読んでいるので、デタラメはできないです。
フランス語と日本語は意外に繋がる所があります。私はフランス人なので、翻訳は自分の言語のフランス語に訳す形で主にやります。フランス語を日本語の訳す場合は、日本人のチェックが必要です。日本語は助詞の使い方とか大変ですが、リズム感があります。落語は日本語の勉強の延長にもなっています。
今後の取り組み
落語の学校と言うには大げさですが、落語を舞台芸術として広めたいです。日本に興味が無くても、落語を1つの舞台芸術として見て欲しいと思います。
夏に3日~7日の集中講座のような形で、フランスの田舎で、10人くらいの人数で行うイメージです。朝は落語、昼は和食、午後は日本文化の体験といった研修にして、異文化に興味のある人に参加してもらいたいです。
これまでフランスで落語を行なう時は、日本大使館主催やフェス等、整った環境で披露させてもらい、とても有り難いですが、そういった日本のネットワークから出て、一般的な会場とかフェスで、1つの舞台芸術としてやりたいと思っています。
4年前にニューカレドニアで1週間のフェスがありました。モロッコやバヌアツ等、フランス語圏の語り部が参加しました。私が日本代表の立場で、フランス語で落語を披露し、それまで日本に関心の無かった人達に滑稽話をしました。皆、ゲラゲラ笑っていました。これは2年おきに開催しています。こういった所でも落語をドンドン広めたいと思っています。
カナダやアフリカには、ストーリーテリングのカルチャーがあり、そこでも大いにやりたいです。絶対に受けると思います。
海外にいる方、ぜひ私のサイトをご覧になって、いつか私を呼んで下さい。
シリル コピーニさんHP https://cyco-o.com/
(参考情報)アンスティチュ・フランセ日本 https://www.institutfrancais.jp/
ジャパントゥールフェスティバル https://www.japantoursfestival.com
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☆お知らせ
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フランス人落語パフォーマーのシリル・コピーニ(尻流複写二)が、一人同時通訳落語「ジュゲム」などの得意ネタを披露しながら笑いの日仏比較文化論を展開。フランスのエスプリと日本の笑いが絶妙にマッチング!日本人以上に<日本>を表現する高座は一見一聴の価値あり! さらに、パリ国立高等音楽院でピアノを学んだ人気ピアニストの本田聖嗣氏のピアノ演奏、そして、二人の落語・ピアノのコラボでお届けするミュージカル落語等、盛りだくさんの内容でお届けするレクチャーコンサートです。
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