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テーラーメード分子育種  


他品種から遺伝子移し収量増  日本発「第二の緑の革命」へ


 今月は、「テーラーメード分子育種」の研究開発を進める、独立行政法人理化学研究所植物科学研究センター・生産制御研究チームの榊原均チームリーダーにお話をうかがった。


作りたいイネを自由に作れる


――「テーラーメード分子育種」とはどのようなものですか。
 榊原 「育種」とは、異なる品種どうしを掛け合わせることで、病気に強い、味が良い、収量が多いといった有益な形質を持つ品種を作り上げることです。従来の育種は、半ば自然発生した突然変異を選抜することで行っていましたから、一品種を作るのに数十年もかかっていました。また、例えばコシヒカリという「おいしい」品種に、「粒を多くつける」という別の形質を導入することは非常に困難でした。
 しかし2004年12月にイネの全ゲノム配列が完全に決まって以後、各品種の特徴を決めている遺伝子がどの部分であるかが分るようになってきました。イネの品種間でゲノム構造を比較すると、わずかに異なっている部分があり、それが様々な形質の違いを生み出しています。われわれのプロジェクトは、その違いを決めている部分の遺伝子をQTL解析という方法で決定し、品種間でその遺伝子を置き換えることにより、人間にとって有益な様々な形質を従来品種に付与していこうというものです。
 これはゲノム情報自体を変えてしまう遺伝子組換え技術とは違います。いわゆる遺伝子組み替え作物というものは、自然界においては植物に入り込まないような遺伝子を人為的に導入したものです。われわれが開発を進めている、イネの品種間で遺伝子を比較し、有益な部分を別品種のイネから持ってくるという方法は、全く自然界で起こりうる交配現象を利用しているものです。
 このように遺伝子情報を利用して育種を行う方法を「分子育種」と呼んでいます。今回われわれはこの方法を用いて、通常よりも20%粒数の多いコシヒカリを作ることに成功しました。粒を多くつけるインディカ米のハバタキという品種から、遺伝子を一つ移動させた結果そうなったのですが、ハバタキの粒数を決めている遺伝子は他にもまだあることが分っていますので、それを突き止めて移してやればさらに収量が上がると見ています。もともとハバタキの粒数はコシヒカリの2倍ありますが、最終的にはそれにほぼ近い収量のコシヒカリができるはずです。
 そして、収量増のみならず、コシヒカリに対塩性や耐病性を付与したいような場合にも、そのような形質を持つ他品種のイネから、その機能を担う遺伝子を持ってくればよいわけで、自分たちが作りたいイネを自由に作ることができる「テーラーメード分子育種」がこれから可能になってくるのです。


食料問題の解決に力を発揮


――研究成果が今後、社会に与える影響は。
 榊原 かつて1960~70年代にかけて、従来の育種技術を用いてイネの背丈を少し低くしたことにより、収量が2倍に増加するという「緑の革命」が東南アジアを中心に起こりました。これによって食糧危機が救われたことは事実です。第二次大戦後しばらくしてからアジア地域で人口爆発が始まっていますが、この緑の革命がなかったら今のアジアにおける稲の供給率はもっと低くなっていたはずです。
 しかし今では環境破壊等で耕地面積もこれ以上増えず、生産量は頭打ちの状況となっています。いっぽうで地球上の人口は増え続けており、2050年には今の1・5倍の90億人まで増加すると予想されていますので、特に増加が激しいアジア・アフリカ地域を中心にイネを増産していく必要があります。そのため、分子育種の技術を用いて粒数を増やしたり、劣悪な土壌環境の下でもきちんと実をつけるような耐塩性や耐酸性を備えたイネを作っていく必要があるのです。
 そもそもイネの原生種は非常に丈夫で病気や種々の環境ストレスに強いのですが、人の手による長年の育種過程の中でそういった形質が落ちてしまっていると考えられています。分子育種によって原生種の持つそのような形質を取り入れれば、農薬を使う必要がなくなる可能性もあるのです。生産者にとっては従来と同じ手間をかけて収量が上がるわけですから、食糧問題の解決に大きな力を発揮するのは間違いないでしょう。
 今回の研究では、全ゲノム配列の解読がどれほど重要なことであるかが証明されました。イネゲノムの解読には日本が非常に貢献しており、全体量の4割を占めています。日本が中心となって決めたゲノム配列を利用し、イネの収量を決める遺伝子を発表できたわけですから、その意味では日本発の「第二の緑の革命」の基盤技術を提供できたのではないかと考えています。