エアロトレイン
空気を味方につけ超高速走行 自然エネルギーで交通の姿を革新
今月は、エアロトレインの開発を進める東北大学の小濱泰昭氏にお話を伺った。
「地面効果」で浮上
――エアロトレインとは何ですか。
小濱 車両に取り付けた翼で地上からおよそ10cm浮上して走行する高速鉄道車両です。高速移動する物体に取り付けられた翼が地面に近づいたときに生ずる「地面効果」で浮上し、凹型構造の軌道の中を走行します。
新幹線や飛行機など、速い乗り物の走行抵抗はほぼ100%空気抵抗です。空気抵抗は速度の二乗で増加するので、リニアモーターカーが時速500kmで走行するときの消費電力は莫大なものです。その空気抵抗を味方に付ける逆の発想からエアロトレインは生まれました。
例えば新幹線の場合、最も多く空気抵抗が発生しているのは床下とレール面との間の空間で、全空気抵抗のおよそ半分を占めています。エアロトレインでは翼と地面との間の空気の干渉を積極的に活用することで、空気抵抗を大幅に減らすことができ、ボーイング社製大型双発旅客ジェット機の2倍の効率で浮上力を得ることができます。旧運輸省の調査では消費電力はリニアのおよそ10分の1、新幹線のおよそ3分の1という評価を得ています。
地面効果は鳥に学んだ技術です。渡り鳥は一度に1000~1500kmも飛びますが、実は地面効果と同じ流体現象を本能的に知っていて、上空でそういう状態のところを飛んでいきます。山を越える風やうねりを超える風はわずかながら上向きになります。風の上向き角度が約2度以上なら、性能の良い翼なら羽ばたかなくても飛行できるのです。地面効果による飛行でも同じで、空気の流れを腹でせき止めることで、わずかながら上向きの流れを得ることができるのです。空気のクッションの上を飛ぶようなものですので、壁面に囲まれた中では十分に安全で、驚くほど少ないエネルギーで移動できます。軌道面は屋根で覆われているので横風などの影響を受けませんし、側壁に近づけば案内翼の地面効果で反発しますので中央部を安定浮上走行できます。操縦は完全自動化することができます。
しかしこのコンセプトで機体よりもさらに重要なのは、エアロトレインシステムがトータルな意味でのエネルギーシステムである点です。東京~大阪間はおよそ500kmです。軌道面上の屋根に太陽光発電装置を張れば1平米でおよそ150wの電力程度が得られますが、軌道幅12mに太陽電池パネルを設置すれば、東京~大阪間の自然エネルギーだけで時速500kmのゼロエミッション走行が実現できる計算です。
これからはすべての乗り物やシステムを自然エネルギー利用の形に変えていくべきです。自然回帰とは江戸時代に戻ることでも農村に行ってつらい農作業をすることでもなく、実はローテクの組み合わせと価値観の転換で快適なライフスタイルを確保できることなのです。自然に学び、超省エネルギーで機能するシステムを開発して産業革命前の時代のエネルギー消費量に戻らなければなりません。
化石燃料や原子力燃料の大きな問題は、新たに地上に膨大な熱を排出してしまうことです。例えば100万kwの原子力発電所は300万kwの廃熱をつくり出します。廃熱と炭酸ガスによる温室効果でヒートアイランド化が生じてしまうのです。太陽エネルギーなら使っても使わなくても地表の熱バランスは全く変わりません。
主要な炭酸ガス排出源となっている交通インフラは、その姿を変えていかなければなりません。飛行機の最大の欠点は液体燃料でなければ機能しないことで、もし原油が枯渇しサーチャージが10倍に跳ね上がれば飛行機は一般の公共交通ではなくなってしまいます。そうなったときに備え、私は東京~ロンドン間を2泊3日で移動できるエアロトレインを、対馬海底トンネルを介して実現したいと考えています。
――実験の経緯と現状は。
小濱 1998年から宮崎県日向市にある財団法人鉄道総合技術研究所の浮上式鉄道実験線跡地でエアロトレインの走行実験を始めました。2000年からは故小渕首相のミレニアム・プロジェクトの予算がつき、時速150kmでゼロエミッションでの無人走行を実証できました。そして2007年には無人機を改造して私一人が乗り、時速120kmで170mの浮上走行を実証しています。
現在はNEDOのプロジェクトを実施中で、最軽量の金属材料である難燃性マグネシウム製の機体を新たに製作しました。2011年3月までに二人乗りで時速200kmを実証し、一人当たり35キロカロリー/km・人(時速200km走行時に人一人を1km移動させるに必要なエネルギー)という数値を達成しようとしています。これをクリアできればリニアや新幹線をはるかに凌ぐ超省エネルギー性が実証されるのです。2020年までには定員350人、時速500kmで走行する有人機体の完成を目指しています。
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