Top向学新聞内外の視点>堀井 惠子氏


堀井 惠子氏 
(武蔵野大学大学院 言語文化研究科教授) 


ビジネス日本語でブリッジ人財育成


「留学生が幸せになれる」場所に

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――近年、ベトナムやネパール、ミャンマーなどからの留学生が増加しています。中国が大きな割合を占めていた時代とは変わり、多国籍な様相を見せはじめています。一層日本語教育が重要になっていきますね。

 そうですね。昨今留学生を取り巻く状況が変化してきています。ご指摘の通り、中国留学生の増加が落ち着き、日本語学校はベトナム・ネパールなどで積極的に学生をリクルートしています。また、日系企業では進出先を東南アジアにシフトするに伴い、日本語ができる東南アジアの留学生を採用したいという意欲が高まってきました。特に中小企業が海外展開のためブリッジ人財としての留学生の採用を必要としています。
 
 しかし、日本で就職を目指す留学生は大企業志向の学生が多いです。日本企業全体で大企業の割合はわずか0・3%。一方で法務省の統計によると6割以上の留学生の就職先は従業員300人以下の企業。この事実を受け止め留学生は中小企業の良い所を見つける必要があります。実際、中小企業の方が早くから責任ある仕事を任せられるなどやりがいも大きいでしょう。「中小企業」と「日本語ができるアジアの留学生」、その二つを繋ぐ役割を私の専門であるビジネス日本語教育でも果たせればと考えています。


――「ビジネス日本語教育」とは何なのでしょうか。

 ビジネスシーンで求められるいわゆる日本語力の養成だけではなく、グローバルな仕事をするために必要な異文化調整能力や柔軟な発想による問題解決能力も育成します。ここで、大事なことは「日本人になる必要はない」ということです。

 例えば、タイ・バンコクの日系旅行会社を調査した時のこと、お客様の半分が日本人だそうです。接客をするタイ人スタッフは、日本人がよく使う「申し訳ございません」というフレーズに抵抗感を感じていました。タイで謝罪をするということは、「自分の非を認める」ということを意味しています。場合によっては責任が問われます。日本的な謝罪よりも意味が重いため、本当に自分が悪いことをしたと感じた時にしか謝りません。しかし、日本人のお客様は日本的な対応を求めるというジレンマを日本人支店長が抱えていました。支店長は「日本語の謝罪は挨拶のようなもの。『申し訳ございません』と添えればコミュニケーションが円滑に進む」、と日本文化についてタイ人スタッフに説明することで、タイ人スタッフも納得し、二つの文化を使い分けてくれるようになったそうです。このようにビジネスを進めるうえで双方の文化を理解し、調整をし、行動をすることのできるブリッジ人財の存在が大変重要です。迎合することなく、ブリッジ人財として日本人と一緒に問題を解決できるような力を養ってもらうような授業を提供しています。


――中国など漢字圏以外の留学生が増えるに伴い、日本語学習に時間を要するため「留学生全体の日本語力の質が低下しているのでは」という課題も指摘されています。留学生の多国籍化は進んでいくと思いますが、どのような対応をとるべきでしょうか。

 そういった状況を勘案し、この4月から今まで大学にはなかなか入れなかった日本語能力試験N3レベルからでも意欲がある非漢字圏の留学生を大学として一部受け入れる日本語コミュニケーション学科を設立しました。定員は約80名前後で、日本語教師を目指す日本人学生が30名強、ビジネス日本語も学ぶ留学生が50名程の学科です。日本人学生にとってはダイバーシティを体験できる刺激的な環境で、留学生にとっては「主役」になれる場です。
 

――通常日本の大学に入学するためにはN1レベルが必要とされます。N3レベルから受け入れて授業の質は担保されるのでしょうか。

 はい。日本語力が不足な留学生には特別プログラムを準備し、1年間でN2以上まで引き上げ、2年次からは日本人学生達とも同じ授業を受講してもらいます。日本語教員たちも勉強会を重ねるなど切磋琢磨しており、自信をもって「大丈夫だ」と言えます。
 
 本学大学院の言語文化専攻ビジネス日本語コースは2006年、日本で初めて高度外国人材養成のための大学院として設立されましたが、設立当初は「ビジネス日本語教育はアカデミックではない」という批判も多くありました。しかし、留学生からの応募が殺到。急遽定員と日本語教師を増やすことになり、やはりビジネス日本語へのニーズは高いのだと確信しました。今は修了生たちの多くが日本/日系企業に就職し活躍してくれています。ビジネス日本語教育の蓄積を学部でも展開していければと思っています。
 
 私は長らく「世界規模ではマイナー言語である日本語を学んでくれた留学生の人生が日本語を使うことで豊かになってもらいたい」と考えていました。新しく設立した日本語コミュニケーション学科は「留学生が幸せになれる」場所にしていきたいと思っています。


ほりい けいこ
青山学院大学文学部英米文学科卒。放送大学文化科学研究科修士課程修了。ドイツ銀行東京支店、イラクの日本企業支社勤務を経て武蔵野女子大学へ。経済産業省委託事業「アジア人財資金構想共通カリキュラム・教材開発委員会」委員、ビジネス日本語研究会代表幹事などを歴任。


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