Top向学新聞トップに聞くグローバル教育の行方>増田壽男氏(法政大学総長)×佐々木瑞枝氏(金沢工業大学客員教授)

増田壽男氏(法政大学総長)        
×佐々木瑞枝氏(金沢工業大学客員教授)
 


清国から1000名以上の留学生  
自信持って日本を語れる基礎力を

 1880年、フランス法系の近代的な法治と権利義務を教育する私立法学校(東京法学社)として設立された法政大学。フランス人法学者ボアソナード博士の教育への情熱が出発点となった。今日でも地上27階・地下4階建のボアソナードタワーが大学のシンボルとなっている。今回は法政大学の増田壽男総長に金沢工業大学の佐々木瑞枝客員教授がお話を伺った。


(佐々木) 法政大学はフランス法学校がルーツだとお聞きしていますが、まず設立の経緯について教えていただけますでしょうか。

(増田) 1873年にフランス人法学者ボアソナード博士が明治政府からの招聘を受けて、東大などでフランスの法律を教えていました。1880年に彼の薫陶を受けた20代の学生が集まって本学の前身である東京法学社を設立しました。ボアソナード博士は1883年に東京法学校の教頭に就任され、その後10年間、無報酬で授業を行い学生の教育に情熱を注ぎました。当時およそ150人の学生が学んでいたといわれています。

(佐々木) ボアソナード博士は法政大学草創期の支柱的存在だったのですね。当時の日本は開国後急激に発展したことで、アジアの中で一目置かれる存在でしたよね。

(増田) はい。そのため日本人学生だけではなく多くの清国留学生が日本に留学し学んでいました。本学でも1904年に法政大学初代総理・梅謙次郎によって清国留学生法政速成科が設立され、清国から合計1000名以上の留学生を迎えました。これは早稲田大学に次ぐ日本最大規模の受け入れでした。この留学生の中から、中国改革の中心的人物が多く輩出され、近代国家建設に貢献しました。

(佐々木) 日本のみならず中国の時代を担う若者が法政大学から巣立っていったのですね。現代においてはどのようなグローバル教育を行っているのでしょうか

(増田)1999年に新設した国際文化学部では、2年次の後期に「スタディ・アブロード(SA)」というプログラムで半年間の海外留学を義務づけました。このプログラムは世界10カ国、16の海外協定校からひとつを選択し、寮生活やホームステイを経験しながら言語教育プログラムと人文系の授業を履修するものです。その後、経済学部に国際経済学科、法学部に国際政治学科を設置し、2008年にはグローバル教養学部(GIS)を開設しました。GISの入学定員は66名で、バイリンガル教育である英語イマージョン教育を実施しています。ゼミをはじめとしてほとんどの授業が10~20名位の徹底した少人数制で、英語によるコミュニケーション力・表現力・思考力などを育みます。また、2年次後期か3年次前期に4~10ヶ月の海外留学制度があります。これは必須ではありませんが、海外大学の正規授業を学ぶプログラムとなっています。

(佐々木) なるほど、日本人学生にとって国際感覚を身につけられる特徴的な学部をお持ちなのですね。

(増田)英語教育に関しては一部の学部だけではなく全学的に取り組んでいます。GISを除く全学部・全学年を対象としたERPという英語強化プログラムを設けて、聞く・話す・書く・読むの4技能を養成しています。TOEFLiBT(R)で76点以上に達した学生は、GISの一部の授業を受講できます。最終的には、TOEFLiBT(R)のスコアでいうと90点を目指しています。
 また、現代福祉学部では2年次の夏季休暇を利用して、福祉大国であるスウェーデンをはじめドイツやフランスを訪問し、臨床心理施設を訪れるなど現地で研修を行っています。さらに文学部哲学科でも、国際哲学特講を新設しました。2月初旬に1週間、フランス・アルザスにあるアルザス欧州日本学研究所に滞在して、ここを拠点にハイデルベルグ(ドイツ)とストラスブール(フランス)を訪れ現地大学と合同ゼミを行います。現地学生との徹底討論が研修のメインとなっています。

(佐々木) 福祉や哲学といった分野でもグローバル教育を実践されていらっしゃり、とても興味深いですね。最近多くの大学がグローバル化を標榜していますが、「グローバル」という言葉が独り歩きしているようにも感じます。私は「グローバルな思考」とは即ち、「既存の価値観の転換」だと考えています。日本人は消極的になりがちですが、世界では「できるだけやってみます」と自らの意思や態度を明確に表す必要があります。

(増田)その通りだと思います。語学力というのはあくまでも手段であって、語るべき内容がなければ対話は進展しません。日本人学生が留学してみると、意外と日本のことを語れないことに気づくようです。日本の歴史や文化、政治、経済等について実はよく分かっていないことを認識して帰国すると、その後相当力を入れて学びます。まずは英語でなくても日本について自信を持って話せるという基礎力が必要だと思います。基礎力を鍛えて、それが相手に通じるかを図るには、従来の一方通行的な授業では限界があります。その点GISでは1クラス10~20名程度なので、必然的に対話中心の授業となります。相手の話す内容を理解しながら自分の考えをしっかり相手に伝える訓練が日本にいながら英語で出来るのです。

(佐々木)外国人留学生の受入れについてはいかがでしょうか。

(増田) 本学は日本人学生の送り出しを重点的に行ってきましたが、数年前からは外国人留学生の受入れも積極的に行っています。5月1日現在で学部に286名、大学院に211名の留学生がいます。ESOPという交換留学生受入れプログラムを1997年に開設して、日本語習得を除く全ての授業を英語で行っています。日本文学や政治、経済、社会などのテーマを中心に、ゼミ形式中心の授業となっています。TOEFLiBT(R)76点以上と同等の英語力を持つ日本人学生も参加が可能で、交換留学生と本学の学生が共に学んでいます。
 ユニークな取組みとしては、毎年外国人留学生の日本語によるスピーチコンテストを開催しています。これは、法政大学国際学生交流会(HI-Cオレンジ)という学生組織が主催しており、今年で32回目になりました。発表者の留学生1人に対して5~6人の日本人学生がボランティアで色々とアドバイスをしてあげています。彼らの遣り取りを聞いていると、日本語や英語、その他外国語が交錯しているんですね。お互いに一生懸命伝え合おうとしています。まさに典型的な交際交流ではないでしょうか。

(佐々木)学生同士で学びあう素晴らしい取組みですね。今日は、法政大学の実質的なグローバル化への取組みについてたくさん知ることができました。貴重なお時間をどうもありがとうございました。
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ますだ としお 1970年3月慶応義塾大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。1970年4月から法政大学に勤務。経済学部教授、比較経済研究所長等を経て、2008年4月法政大学総長に就任。



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