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レーザー推進  


太陽光と水だけで超高速飛行  人類待望の夢の乗り物


 今月は、レーザー推進の開発を進める、東京工業大学の矢部孝教授にお話をうかがった。


水蒸気の反発力を利用


――レーザー推進とはどのようなものですか。
 矢部 レーザー光で物を加熱して超高温にし、爆発させて推進力を得るというものです。最近NASAは、65グラム程度の円盤の下部にレーザーをあてて空気を瞬間的に3万℃まで上昇させ、一気に膨張する力を用いて飛行させることに成功しました。しかしこれには強力なレーザーを使用しなければならないため莫大な費用がかかり、そのわりに推進効率が非常に悪いのです。この状況を打開する方法として、私は水を燃料に用いたレーザー推進を提唱しています。空気の爆発だけでは推進力は余り得られませんが、もし爆発した背後に壁があれば、ちょうど壁を蹴るような形となって反発力が加わり、推進力が増します。そこで水にこの壁の役割をさせることを思いついたのです。このことは、氷にエッジをあてて蹴ることではじめて推進力を得るスケートからヒントを得ました。構造としては、水の入った透明な筒に2㍉程度の穴を開け、レーザーを当てて熱せられた水蒸気が穴から飛び出る力で推進させるというものです。2㍉程度の穴なら表面張力で水は漏れませんし、出たあとは表面張力でまたふさがるので連続的に使用できます。これほど簡単な構造はありません。
 水蒸気の反発力を利用したことにより、NASAよりも効率が千倍向上しました。同じ強さのレーザーで千倍の質量のものを動かせるようになったのです。水は空気の千倍の重さがあるので、単純に運動量の保存則から考えてもそうなります。このアイディアはコロンブスの卵的発想として様々なメディアで取り上げられ、いともたやすくパワーアップできることに世界中の人々が驚かされました。


航空機などに応用


――実用化の構想としてはどのようなものがありますか。
 矢部 航空機にレーザー推進を用いる構想があります。現在では太陽光を直接レーザーに変換する技術が開発されてきています。そこで主翼上面に太陽光を集めるガラスとファイバーを装着し、下面や後部には2ミリの小穴をたくさん開けた水タンクを取り付て推進装置とします。これにより離陸時には垂直に上昇し、一気に成層圏まで到達した後は、マッハ15の超高速飛行で東京~ニューヨーク間1万5000キロをたった1時間で結ぶことができるようになるという構想です。マッハ15とは宇宙ロケットの半分の速度ですが、そのレベルの速度になるともう照射するレーザーはあまり強くなくても飛んでいきます。
 この方法の特長は安全性の高さです。現在アメリカは地上から直接飛行物体にレーザーを照射する方法の開発を進めていますが、それでは途中で横切ったものを燃やしてしまいますので危険です。飛行機自体の中でレーザーを作り出すことの意義は非常に大きいものがあります。
 また、燃料には水を用いるのですが、都合のいいことに空気中には多量の水が含まれています。成層圏に相当する高度でも、東京~ニューヨーク間で1平方メートルの吸入口から吸い込む水の量は300㌧になりますから、その水を採集しながら飛べばいいのです。太陽光と水だけで飛ぶので、二酸化炭素も出ませんから環境問題も解決できるようになります。運賃も大幅に安くなるはずで、まさに人類待望の夢の乗り物です。
 航空機のほかにも、ロボットに応用する構想があります。制御装置に電子回路を使わないNEBOT(ノンエレクトロニクスロボット)を作ろうというものです。例えば原子炉事故でロボットを救助にまわすという計画をよく聞くのですが、実はそんなことをすれば電子回路が放射線で壊れてしまい、ロボットは即座に動かなくなってしまいます。ですから制御装置は原子炉の相当遠くに設置しなければならないのです。そこでわれわれは、遠くからファイバーで光を送り、ピストンやローターを組み合わせてロボットを動かしたり、レーザーの照射でロボットを制御したりする方法を提案しています。レーザーはファイバーの中でどれだけ反射しても全く弱らず、照射する対象がどれだけ遠くにあっても、レンズの調整だけで発射時と全く同じ強さが得られるという特長を持っていますが、それらの点を生かした仕組みとなっています。


実用化は夢物語ではない


――レーザー推進が実用化されると社会の様子が変わってしまいますね。
 矢部 そのとおりです。無尽蔵の太陽光と水を使う動力機関が、様々なところで使われるようになる可能性があります。今まではレーザーが弱いため動力として用いるには効率が悪いと思われてきましたが、最近では相当高出力になってきています。そして太陽光レーザーなら装置のほとんどがファイバーなので、仕組みが簡単なだけ安価に済みますし、太陽光はもちろんただですから相当なコストダウンが期待できます。
 レーザー推進は技術的にはほとんど完成しており、あとは実際に物を作れるかどうかという段階に来ています。この分野には今から新たに開発しなければならないものがかなり少なく、お金さえあればいつでも作り始められます。実用化は決して単なる夢物語ではないのです。