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丁 可さん(中国出身)
(日本貿易振興機構 アジア経済研究所 研究員)
留学生は重要な橋渡し役 社会観察し日本の勉強を
――日本留学を通して得たものは。
私は大学院で中国の中小企業の研究を行いましたが、その中で「現場重視」という日本の社会科学の伝統に大きな影響を受けました。中国の中小企業は経営規模が零細で、存続期間が短い企業が多いので、実態は統計年鑑や政府公開資料ではほとんど把握できません。そこで本格的なフィールドワークを実施するよう指導教官から指示を受けました。指導教官は日本の中小企業研究の専門家で、ほぼ私を指導するためだけに中国現地の機関と連携して共同研究プロジェクトを立ち上げて下さいました。その後毎年現地調査に行って企業経営者にインタビューする機会が与えられましたが、実際の日本と中国の経済を国際比較すると、非常に対照的な姿が浮かび上がりました。
まず、ターゲットにしているマーケットの構造が違います。日本では「一億総中流」といわれる中産階級中心の社会が高度成長期に形成されたため、極端な貧富の差は存在しません。企業はいかに品質がよく手ごろな値段の商品を開発するかに知恵を絞ってきました。逆に中国は非常に格差の大きな社会です。様々な所得層が存在する階層的マーケットで、企業もそれぞれの層に向けた商品開発をしなければなりません。
二点目は企業間の取引関係です。日本では「常連さん」を優先し、数十年にもわたる経営者間の信頼関係に基づいた取引関係が重視されます。新規参入者はほとんど認められず、なかなか業界の中に入り込めません。それに対して中国は新興市場で、需要拡大に伴い新しいビジネスチャンスがどんどん増えてきます。企業間の関係は流動的で、経営者は常に新しいビジネスパートナーと商売する前提で活動しています。その分日本の経営者ほど信頼・信用を重視していない一面があります。
三点目は起業家精神です。「日本人は職人、中国人は商人」とよく言われますが、日本人経営者の口にすることは「現場」「熟練」「信頼」など地味ではあるがモノづくりに重要な言葉です。そして企業間の序列意識が強く、与えられた仕事をきちんと全うすることが天職だとみな思っています。下請け企業が元請けになり、そのうち商社の機能まで果たすようになるといった展開はなく、限られた専門領域の中で仕事を黙々とこなし掘り下げていくのが日本流です。伝統を守り何かを極めることを得意とし、時には費用対効果を無視してそれらにこだわります。いっぽう中国では、採算が合うかどうか、消費者に受け入れてもらえるかどうかを主に問題とします。
また、日本ではみなが中間層の洗練されたライフスタイルを持っていますが、中国では品質が多少落ちても安ければいいという消費者が多く、企業も消費者さえ文句を言わなければそれほどこだわりのある商品を作る必要を感じていません。そういう社会で長く生きてきた私が日本に来た時、ライフスタイルや価値観の違いにやはり大きな衝撃を受けました。こうした実情は両国の現地社会での生活体験を持っている人でなければ理解できません。その意味で留学生は重要な橋渡し役になりうるのです。留学生は日本の社会をきちんと観察して日本の勉強をしなければなりません。日本をよく知れば知るほど、就職活動の面接時には高く評価されるでしょう。特に社会科学系の留学生に関しては、日本をよく理解したうえで母国と日本の違いはどこにあるのかを明確に見極められる人材こそが、今企業から求められているのではないでしょうか。
日本企業が海外で成功するかどうかは、海外でインフォーマルなパイプを持っているかどうかに左右されます。社内に元留学生がいるかどうか、経営者が青春時代に海外留学経験があるかどうかといったパイプの有無で会社に入ってくる情報が全く違うのです。もう内需だけでは日本経済は維持していけません。企業はグローバルビジネスを考えなければならず、特に途上国市場のボリュームゾーンをよく理解する必要があります。就職を志す留学生は、企業がそういった国に進出する場合にどういう点に留意しなければいけないのか考え、積極的にアピールしていく必要があるでしょう。
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