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廖 赤陽 氏

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廖 赤陽 氏 
(武蔵野美術大学造形学部教授) 


留学生という境界線外せ  日本は新しい移民政策の確立を

 ――今後の留学生受け入れの在り方について。
 われわれは一度、思考回路の大枠を整理する必要があるかもしれません。そもそも留学生受け入れの目的は、優れた人材を確保して育て、日本がアジア諸国と密接な相互交流のパイプを作り上げるということでした。しかしこれは国家という一元的な近代組織の論理によって展開された「組織的発想」です。私はもう少し「ネットワーク的な発想」も取り入れる必要があると思います。
 その一つは「多様性」の概念です。日本は今留学生のアルバイト時間を制限していますが、これはきわめて組織的な発想です。留学生だから勉強以外の活動をしてはいけないと境界をはっきりさせますが、むしろ境界線は外して自由に活動させるべきです。卒業できるかどうかは学校が判断することであって、入管政策とは何の関係もありません。もっと「社会的な留学」をしたい人は多いのです。日本の社会で様々な人と出会い、帰国後に人脈を生かしてビジネスをする例も多々あります。日本の枠組みでは日本語学校生は留学生ではありませんが、フランスに留学した周恩来や鄧小平など中国の近代史に大きな足跡を残した人々はみな就学生でした。いちいちこのような境界線を設けて活動を制限などしていては、彼らのような大きな人材は出てこないでしょう。
 奨学金にしても本来優秀な学生に与えられるべきもので、学会での発表などを選考基準にすべきです。本当に社会で活動できる能力がある人は奨学金がなくても十分やっていけます。逆に、ベンチャー企業を作れるような素質のある人には積極的に公的資源を投入してもいいと思います。アルバイト=悪い学生と考えられがちですが、社会経験がなければ本当に日本を知っている起業家は育ちません。今の政策はむしろ留学生を社会から遮断する政策です。
 これは日本の移民労働力受け入れ政策と関連しています。日本は明治時代の勅令以来、単純労働力の流入をできるだけ阻止しようとしてきましたが、それに留学生政策が付随して展開してきたのです。このままでは、様々なリンクができ社会の活性化がもたらされるというネットワークの恩恵は享受できません。人々の接触が多くなると摩擦も多くなり奇麗事ではすまなくなるにしても、日本は今後長いスパンをかけて多文化共生社会を構築し、新しい移民政策の確立に努めていく必要があると思います。


りょう・せきよう  
1960年中国生まれ。1997年、東京大学博士号(文学)を取得。同非常勤講師を経て1998年現職。専門は、東アジアの移民と留学生ネットワーク、エスニックの文化と社会。


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