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向学新聞2023年10月号目次>留学生の就職支援 第9回 対談⑧インクルージョンについて考える
<向学新聞2023年10月号記事より>
留学生の就職支援
留学生の就職支援 第9回
対談⑧インクルージョンについて考える
栗原由加 氏
神戸学院大学グローバル・コミュニケーション学部 教授
キャリア教育センター副所長
淺海一郎 氏
内定ブリッジ株式会社、代表取締役
厚生労働省「外国人労働者雇用労務責任者講習モデル事業」検討委員会委員。東京都産業労働局「東京外国人材採用ナビセンター」相談員や広島県商工労働局「特定技能外国人受入モデル企業」支援アドバイザー等を務め、外国人材採用及び育成分野の企業コンサルティングを担当(月20社)
外国籍社員の、日本企業での「定着」は、多くの企業が直面している大きな課題だ。簡単には答えがでないように思われるこの問題について、インクルージョン(包摂)の観点から考えてみたい。今回は、栗原氏が聞き手となって、多くの企業の採用・雇用・研修等の現場を見ている淺海氏からお話を伺った。(以下、敬称略)
「定着」とは
(栗原)まず、外国人材の就業の課題の一つである「定着」について、伺いたいと思います。淺海さんは、「定着」をどのようなことだとお考えですか。
(淺海)「「定着」という言葉の意味そのままなら「辞めない」ということです。しかし、企業にとって大切なことは、辞めないことではなくて「業務効率・生産性を上げる」「売り上げをどう高めるか」等の点です。ただ社員としているだけでは、全くインクルージョン(包摂)の段階に進めません。企業は、生産性や業務効率を高めて、さらに加えると安全性を担保する意識も高めていく必要があります。社員が高いパフォーマンスを発揮するためです。
一例ですが、外国人×労災のデータが厚労省から公開されていますが、在留資格別労災率では、技能実習や身分系の人が特に高いです。日本語が苦手な人を雇用して、安全性が高まるわけがないですよね。
(栗原)生産性向上や安全性確保のための対策としては、どのようなことが考えられますか。
(淺海)具体的には、私は企業での「語彙教育」が重要だと感じています。私は自社のサービスとして、業務で使う語彙(専門用語)のリストを整理したり、それらの語彙を学習しやすいよう整え社内研修を構築するコンサルティングを会社に対して提供しています。また同様の取り組みは、山梨県はじめ一部の都道府県の予算でも実施しています。先日支援した会社の例ですが、当初、社長は語彙リストを作る意義をあまり感じていませんでしたが、実際に語彙リストが出来上がると、そこで働く特定技能人財からものすごく感謝されて、そのことに社長はとても驚いていました。「これほど語彙が重要なのか、社員はこれほど学びたい想いが強かったのか」と。これは立派なイノベーションですよね。ただし、これらの取り組みには時間がかかる上、企業が単独で実施することは難しく、専門的知見を伴った伴走支援が必要です。
(栗原)神戸学院大学のインターンシップでも、留学生たちがインターンシップ先企業の要望をもとに、語彙リストや会社紹介の動画を多言語で作っています。受け入れ企業から、とても好評です。
(淺海)素晴らしい取り組みですね。多くの企業が、外国人社員も日本人と同じようにOJTで語彙(専門用語)を覚えるだろうと思っていますが、業務経験を通して外国人社員が専門用語を自然と完璧に覚えるということはなく、時間がかかります。ただでさえ忙しい中で、業務で使う言葉を新たに習得していくのは簡単ではありません。復習のチャンスや学ぶツールがあるとないとでは雲泥の差です。仕事ができるようになったり、生産性を高めたりするため、仕事で使う語彙の習得はとても重要です。先ほどは特定技能の例を出しましたが、技・人・国で働く新入社員も、同じようなところで苦労しています。語彙リスト含め、社内での日本語学習支援は、一社一社では対応できない会社がほとんどです。このような部分は、行政のバックアップを得て、業界全体で一緒に取り組んだほうが効率が良いとも思います。業界内では似た言葉を使っていますからね。
(栗原)学習ツールに入れる専門用語を考えたり多言語にしたりすることは、外国人社員が関わった方が、高い成果が見込める業務です。外国人が教わる側、日本人が教える側、という固定した関係ではなく、お互いが役に立つ関係性を作るのが、有効な方法だと思います。
「仕事ができる」環境づくり
(淺海)私の会社の企業への個別コンサルは、8月実績で20社です。20社の地域は幅広く、また業種も様々です。企業が外国人採用を始めるにあたり、最初は日本人との同化を求めがちで、日本人と同じように受け入れたものの、うまくいかず、試行錯誤するうち、徐々にインクルージョンの段階に向かっていくというパターンがあるのですが、これには長い年月がかかります。加えて、変化の土台として、誰もが公平に仕事ができ、活躍したことが評価される環境が必要です。そこに国籍は関係ありません。
(栗原)職場の第一の評価基準は「仕事ができるかどうか」ですね。
(淺海)そうです。それで、仕事の効率を上げたり、安全性を高めたりするための支援が重要です。
先日訪問した広島の農家では、10名のパートの日本人の方々がいて、特定技能の若者2名がリーダーをしていました。この二人は日本語能力試験N2を持っていて優秀で、人柄も良く、みんなから信頼されています。そんな若い外国人の二人がリーダーとして日本人の年長者に作業の指示を出しますが、誰も文句を言いません。職場の誰もが認め、仕事ができる人に文句を言う人はいませんよね。会社では「きちんと仕事ができる」ことこそが大事なことです。外国人材も、仕事ができるようになって、自立した生活を送りたいと考えているので、そのためにハードルとなっていることがあれば配慮や支援をしていくことが必要です。
「自立した生活」のための支援
(栗原)生活の支援について、お話を伺いたいと思います。淺海さんは、特定技能2号の支援もされていますが、その中で気づかれたことはありますか。
(淺海)特定技能2号の試験がとても難しいので、皆が期待されているほど人は増えていかないのではと感じています。1号を5年満期で2号に行ける、という制度ではないからです。
ただ、現在、全国に特定技能2号の方はたった11名しかいませんが、その約半数の企業を訪問して、面白い共通点を発見しました。
一つは、会社が一丸となって試験合格のためにバックアップしていました。勤務時間内に試験対策の時間を作ったり、平日夜や土日も全力で支援していました。また、人材側にも強い学習動機がありました。2号となり、日本で(この会社で)長く働きたいというエンゲージメントが高い人材たちです。かつ、多くが既婚者で母国に家族がいて、「家族と一緒に暮らしたい」という強い思いがあったようです。学歴上、技・人・国の在留資格は取れないため、家族と暮らすことができる2号は魅力的に受け止められています。もう一つの共通点として、交通の便が悪い会社は社員に車の免許を積極的に取らせていました。2号人材だけではなく、1号人材にもです。岐阜県や群馬県など、私の知る地方の中小企業は、企業が費用を負担して社員に原付免許を取らせたり、自己負担で車の免許を取る場合も、地元の自動車学校に通うことを会社として理解し支援したりしています。
免許のことが良い例ですが、これは、地方で自立し生活する上で重要なポイントです。2号の要件の特徴の一つは、日本で自立した生活ができることであり、そのため登録支援機関の支援も不要です。「自立した生活のための難しさを突破」できるように、ハードルとなっていることに会社が気付き、人材の自立のため、支援、配慮、応援することを真剣に考えていることが、自立して働き生活したいと考える人材に活躍してもらうために必要な部分だと感じます。
地方で働くために
(栗原)地方の中小企業が外国人材の採用に関心を持っているという話をよく聞きます。どのような課題がありますか。
(淺海)地方中小企業の人手不足感はかなり深刻です。ブルーカラーだけでなく、ホワイトカラーの人材も不足しています。人材の取り合いの構造で、そうなると賃金格差の面で地方企業が不利です。地方中小企業を回って気になるのは、採用の面で自信を無くしている企業が少なくない点です。背景には、日本人の応募が減っている状況があります。加えて、地方に外国人材が集まり、留まるような有効な政策がないので、企業側としてはいかに自社の内部を整えていくかが大事だと感じます。2020年に私も参加して三省合同で作った外国人雇用企業のためのチェックリスト(※)がありますが、「採用」を動機として、戦略的に人材採用に向かうために、社内の見直しと議論を進めてほしいと思います。
(栗原)日本語学校は地方にもたくさんあります。地方の日本語学校に通った留学生には、友達もいて、生活の経験もあるその地域に愛着を持っている人たちも多いです。地方で働く良さは、どのような点にあるのでしょうか。
(淺海)「こういう良さがある」という地域性や魅力をそれぞれの地域で打ち出してほしいです。その魅力を実感できる機会・場がある、人との暖かいつながりがある、という点が地方の良さではないでしょうか。コミュニティがあり、困ったらお互い助け合う、という文化が醸成されていることが大事だと感じます。住居にかかる費用の負担が低いことも、地方の魅力です。
ただ先ほどの話のように、地方では車がないと生活できない地域が多く、車の免許取得の費用や維持費がかかりますね。また、子供の教育となると、都市部のほうが魅力的かもしれません。子育てでは特に、同胞のコミュニティがあることが大きな安心感につながります。やはり母語で相談できる友達や知り合いがいることは心強いです。しかしながら、社員に対して支援施策を実行できるほど意識が高く余裕のある会社は多くありません。ここのバックアップは、地方行政の役割だと思います。
(栗原)どのような支援があると良いと思いますか。
(淺海)一つは企業に対する日本語教育の促進に関する支援ですね。政府は地方における日本語教育の空白地帯解消に向け長く取り組んでいますが、この中で、企業に対する日本語教育支援はあまり議論されていません。すでに一部の都道府県では、企業における日本語教育を支援する助成金や研修自体の予算化が進んでいますが、政府にも、できることは多くあると思います。例えば、企業で日本語教育に力を入れた施策の内容に応じて都道府県に予算を配分したり、他にも、生活、安全、労務、など、外国人が自立して活躍するための支援に対して力を入れて良い取り組みをしている自治体に対して、実績に応じた交付金を作ること等も検討して頂きたいです。
※外国人雇用企業のためのチェックリスト外国人留学生の採用や入社後の活躍に向けたハンドブック(2020年2月)PDF
外国人留学生の就職や採用後の活躍に向けたプロジェクトチーム<外部リンク/経済産業省、文部科学省、厚生労働省>
・留学生の就職支援
第1回「現場から見える課題」
第2回 企業の視点、大学の視点 対談①
第3回 「仕事ができる人」とは? 対談②
第4回 対談③在留資格の注意点
第5回 対談④キャリア相談とは
第6回 対談⑤留学生の情報源
第7回 対談⑥重視する点は知識ではなく、培ってきたこと
第8回 対談⑦地域連携の中での留学生支援
第9回 対談⑧インクルージョンについて考える
第10回 対談⑨中小企業のマッチング
第11回 対談⑩製造業の人手不足
向学新聞2023年10月号目次>留学生の就職支援 第9回 対談⑧インクルージョンについて考える
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