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次世代環境健康学プロジェクト 


環境改善型予防医学の確立目指す   血中PCB等の測定が容易に


 今月は、「次世代環境健康学プロジェクト」を推進する、千葉大学大学院医学研究院の深田秀樹特任助教授にお話をうかがった。


胎児への化学物質の影響究明


――次世代環境健康学プロジェクトとは。
 深田 将来世代の健やかな発育とQOL(生活の質)向上のために、胎児や子供への環境化学物質の影響や疾患との関連を究明するとともに、環境の改善を促して汚染を削減する「環境改善型予防医学」の確立を目指そうというものです。
 環境化学物質で注意しなければならないのは人体に蓄積してしまう性質を持つ化学物質で、PCB(ポリ塩化ビニフェール)や農薬などが挙げられます。これらのうち有害性の明らかな化学物質は既に何十年も前に使用中止になっていますが、残留性が高いため、今になっても赤ちゃんのへその緒から検出されるのです。
 本学の環境生命医学教室では、2000年から日本人の母親と胎児のへその緒に含まれる化学物質の濃度を測定し、胎児が複合的に様々な化学物質に汚染されている事実を公表してきました。何十種類もの化学物質が大人とほぼ同様の割合で検出されるのです。個々の化学物質をとってみれば影響があるとはいえない程度の薄い濃度ですが、それらが複数種集まった時にどんな影響があるかはまだ分っていません。研究レベルでは、それぞれでは影響のない濃度の化学物質でも、それらを何種類か集めると思わぬ影響がでることが示されています。私たちの体内には何十種類もの環境化学物質が入っているのですから、それらが将来どのような事態を招くかは誰にも分らないのです。
 特に胎児の場合は、多くの項目で化学物質への感受性が大人よりも2桁か3桁上がります。胎児期には体の基礎が作られていますから、発達途中に少しでも異変が起こればその後の発達が全部違う方向に行ってしまい、様々な悪影響が生じる危険性が十分にあります。胎児にとっては母親が環境の全てですから、まず母体内の化学物質の濃度を下げることで「ゼロ次予防」を実現していかなければなりません。また、生後2~3年までは神経細胞がどんどん枝を伸ばしており有害物質の影響を受けやすい時期なのですが、母親の汚染が高いと母乳を通じて乳幼児が影響を受ける恐れがあります。
 実際、05年3月~5月にかけて行った血中PCBの測定調査では、女性を出産経験者と未経験者に分けたとき、出産経験者のほうが濃度が低いという傾向がみられました。これはつまり、母体に蓄積されていたPCBが胎盤や母乳を通して胎児にそのまま移動していることを表しています。


安価にPCB濃度を測定


 このような深刻な問題を何とか解決していこうと、本プロジェクトでは小児科や内科と連携し、赤ちゃんを出生前から出生後5歳ぐらいまで追跡調査したり、化学物質の削減方法を研究したりできる体制をとっています。さらに、希望すれば誰でも安価な方法で気軽に血中PCB濃度を測れるような全国的なシステム作りにも取り組んでいます。現在PCBや農薬などを測定しようとすると、それぞれ15~20万円くらいかかりますので、希望しても現実的には測定は困難でした。そこで、われわれは1万円以下で測定できることを目標に研究しています。
 なぜPCBに着目するかというと、PCB濃度と他の主要な化学物質の濃度との間には一定の相関関係が出るので、PCBを指標物質として測れば他の農薬などの濃度も大体見当がつくからです。さらに母親のPCB濃度が分れば、胎児のPCBや農薬などの濃度もかなり高い確率で分るのです。現在さらに研究を重ねているところですが、これが方法として確立されれば、測定に関してはすでに全国ネットをもつ企業と協力体制を布いていますのですぐに実施できるようになります。日本全国で行われている健康診断の中にもそれが組み込まれるようになるかもしれません。
 やはり医療にとっては、測定値を知るということが非常に重要な第一歩なのです。例えば高脂血症は始めは病気とみなされていませんでしたが、血中コレステロール濃度の測定が可能になった結果、コレステロール値と心臓病のリスクとの関係も分りました。環境化学物質に関しては、現在誰も測定値を知りませんので、大きな心配もしないが安心もできないという状況です。そこで測定システムを作り多くの測定値を確保することで、われわれの健康管理に生かしていこうと考えているのです。


――体内の環境化学物質の削減方法については。
 深田 体内の環境化学物質を減らすためには、なによりその曝露を減らす必要があります。われわれの環境化学物質の曝露源はほとんど食物です。ですから、食物繊維が多いものを食べたり脂っこいものを減らすなどいわゆる健康的な食事を心がけることが重要です。残留性の物質は油に溶け易い物質がほとんどですので、熱処理したり湯がき汁を捨てるといった簡単なことで取り込み量を3割~5割程度減らすことができます。このような日常生活のあり方を何年間か改善してもらい、もし効果が上がらなければ、将来的には医薬品を使うことも考えられます。ある種の高コレステロール血症薬に体内の環境化学物質も減らす作用があることがわかり、それを使えば濃度が高い人ほど減少率が高いというデータが出ています。
 このような現実問題を本当に解決するためには、社会への積極的な働きかけが必要です。そこでNPO法人を設立して市民講座を開催したり、一般の方々に研究成果や行動の指針を分りやすく伝える地域密着型の「環境健康学トランスレーター」を養成し資格認定を行ったりしています。