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炭素繊維 


超音波で微生物を引き寄せる  生態系全体を活性化


 今月は、「炭素繊維」による環境浄化などに取り組む、群馬工業高等専門学校の小島昭教授にお話をうかがった。


微生物の力で水質浄化


――炭素繊維とはどのようなものですか。
 小島 アクリル繊維を1200度で焼いて作った糸状の炭で、大変軽くて丈夫で熱にも強いため、スポーツ用品や建築材料、航空機の材料などに使われています。通常ばらばらのやわらかい繊維ですが、摘んでしごくだけで直線状に固まります。繊維1本の太さは7ミクロンと髪の毛の十分の一で、水の中に入れると固まった束がまたバラけます。このような繊維は他にありません。
 私はこの炭素繊維を用いて、湖などの水質を浄化するプロジェクトを行っています。なぜ炭素繊維で水が浄化できるのかというと、微生物がよく付着するからで、その生物によって水質を浄化できるのです。
 この事実は、以前私がうっかり炭素繊維をドブに落としてしまったことがきっかけで分かりました。それを引き上げたところ、葉やゴミがたくさん付着し、触るとヌルヌルして膨張していたのです。原因を調べてみた結果、それは微生物が付着しているからであり、微生物が引き寄せられるのは、炭素繊維が常時、超音波を出しているからだということが初めて分かったのです。この超音波によって微生物の働きは活発化し、水中のヘドロをどんどん食べて気体に変え、水質を浄化していくのです。
 その後の実験で、炭素繊維は微生物だけでなく、貝や魚なども集める効果を持つことが分かりました。例えば榛名湖は氷上のワカサギ釣りで有名な湖でしたが、近年は水質汚染で水草が全部枯れ、魚がほとんどいなくなっていました。そこで、織物状に加工した炭素繊維を水深4mの湖底に沈め、水草のように立ち上げたところ、短時間のうちにプランクトンが引き寄せられ、周辺が真っ白になりました。するとそれを食べるエビや巻き貝なども引き寄せられ、まるで寄せ餌を撒いたようになり、魚が自然に集まってきたのです。魚がプランクトンを食べても1日でまた炭素繊維にびっしりと付着しますので、無限の餌場になります。また、魚が卵を産むとき、他の鉄などの素材には産まないで炭素繊維だけに産むこともわかりました。本来産卵場だった水草がなくなって外敵からの隠れ場や寝場所がなくなっていたわけですが、それらができたことで魚も増え、たった2ヶ月で藻場の周り50m四方だけ大繁殖してしまいました。これなら養殖も十分可能なレベルだと思います。
 そのように炭素繊維は生物に元気を与え、生態系全体を活性化する効果を持っています。今まで水をきれいにするために人間がとっていた方法は、薬品を入れたり、下にたまった泥を取ったりする方法が一般的でした。要するに力任せに地球に対して改善・改良を加えていたのですが、生息する生き物を無視していたのでいずれも成功していません。私が目指すのは、生物がもっと元気に活躍できるような場を作り出すことによって本来の環境を取り戻す方法なのです。


市民による取り組みを促進

 この方法は、子供から大人まで、市民自らが気軽かつ簡単に取り組める環境浄化のシステムとして提案しています。環境問題の解決には一人一人の自覚と行動が大切ですので、「自分たちで汚したのだから自分たちで積極的に浄化しよう」と呼びかけています。炭素繊維1本なら安価ですのでポケットマネーで手に入れられます。あとは自分たちで据え付け、それが良いと判断したら、今度は市や県や国などの行政につなげてもらえばいいのです。国が最初からこれをやれといえば市民は反発しますが、民間からの要望であれば国も動かざるをえないでしょう。浜松市三ヶ日町では高校生とロータリークラブの方々が一緒になって実践を始めています。自身の健康に関わる話ですから、このような市民による取り組みは日本各地で非常な勢いで進んでいます。私はゆくゆくは、この炭素繊維による水質浄化技術を世界にまで広めたいと思っています。
 環境問題の分野では、炭素繊維とは別にアスベストの無害化にも取り組んでおり、すでに処理プラント作りを進めています。これまで紙、炭、ゴミ、海、水など様々なものを研究してきました。科学技術研究者は、やはり自分の研究が実際に何に役立つのかを常に考え、それを人々に使ってもらいたいという社会還元の視点を持つ必要があると感じます。また、他人の真似をせずオリジナリティーのある研究をするべきだと思います。私はテーマを選ぶときは「日陰」の研究を選びます。「日なた」にある研究を選んでも自分は後追いするほうになるからです。今注目されていないことは、これから必要とされ日のあたる時が来るのです。はるか先の話であっても「これを研究すると将来こうなるのだ」と夢を与え、ビジョンを示すことが科学者として必要なことなのではないかと思います。