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SMAP法 


血液一滴から三十分以内に体質診断  携帯電話用いて個人でも診断可能に


  今月は、血液一滴から体質を30分以内に診断する「SMAP法」を開発した、独立行政法人理化学研究所の林﨑良英氏にお話をうかがった。


オーダーメイド医療を可能に

  人間の遺伝情報(DNA)は、約1000個に1個の割合で個人ごとに配列が異なる部分があり、その異なる一文字をSNP(スニップ)と呼んでいます。これによって体内の酵素の働きなどが異なり、病気のかかりやすさや薬の効き方、太りやすさなど体質に個人差があらわれます。そこであらかじめSNPを調べれば、個人の体質に合ったオーダーメイド医療が可能になり、薬の副作用によって発生する数兆円ともいわれる医療費を抑制する効果が見込まれます。
  従来の診断法では、採った血液のDNAを増幅させて検査していましたので、診断結果が出るまで数時間から数日かかっていました。しかし実際の医療現場で求められるのは診断の早さです。そこで、理研ゲノム科学総合研究センター遺伝子構造・機能研究グループと、理研ベンチャーの株式会社ダナフォームを中心とする共同研究グループでは、従来の工程を短縮し、採血後30分以内に診断結果を出すことができる世界最速の診断法「SMAP法」を開発しました。お酒に酔いやすいかどうかといった体質診断が、指先から血液を一滴とって試薬に入れるだけで容易に可能です。
  今後の医療の核となるのは、予測、予想、個別化、差別化という流れです。そのような観点からわれわれは、携帯電話を用いて個人が手軽に遺伝子診断が出来るキットの開発を進めています。将来的には検査結果データの通信が可能となり、専門の医療機関で行っているような診断を個人でもできるようになるでしょう。自分で遺伝情報と健康情報を知って健康維持に役立てていく「個人別地域医療システム」の構築が急がれていますが、その実現に大きく寄与できるものと考えています。例えば「カゼひきキット」などというものを発売してコンビニエンスストアなどで売ればよいのです。このキットを使えばウイルスのタイプが分かり、誰からうつったかが分かります。「職場にいた人の症状とは違い、1週間前に息子がかかっていたのと同じタイプだからもう息子にはうつらない。家にいても大丈夫だ」といったことまで分かるのです。
  また、感染症への対策としても有効です。STDやエイズなどは保健所に行けばただで検査できますが、なかなか自分から検査に行こうとはしないのです。自分で検査できるようにすればハードルが低くなり、知らない間に他人にうつしていたということもなくなります。公衆衛生を考えると、自分で検査して結果を出せることは非常に重要なのです。


医療現場に大きなメリット

  SMAP法による診断時間の短縮は、医療現場に大きなメリットをもたらします。例えば、初診の患者さんが医者の前に座ったときにはすでにその人のデータが出ていて、外来の短い診察時間においても適切な治療が行えるようになります。
  また、従来は不可能だった術中診断が行えるようになります。肺がん治療薬「ゲフィチニブ」(イレッサ)は、特定の遺伝子変異がある人には抜群の効果がありますが、ない人に投与し続けると肺炎を起こして死んでしまいます。このような副作用の強い薬の場合、有効に効く人にのみ与えるための選別を早く行わなければなりません。また、がんの転移を調べるために必要ながん組織は手術時にしか手に入りませんが、手術中に患者の腹を開けたまま、検査結果が出るまで何時間も待ってはいられません。かといって、後日結果を説明するのでまた来てくださいと言っていると、その間に手遅れになってしまう場合もあるのです。そこでわれわれは、遺伝子の変異やがん細胞の含有率を、手術中に迅速に検出するキットを開発しました。すでに肺がん43症例に適用され、確実な診断がよりよい治療へと生かされつつあります。
  そもそもわれわれが医療保険を払っているのは自分たちが質的に高い生活を送るためです。われわれは薬害が起こらずより苦しまないですむような状況を作りたいのです。人々がより自分にあった薬を求めようとするのは当然の流れです。今後はオーダーメイド医療を具体的な社会のコンセンサスにまで高め、普及させていく努力が必要だと考えています。