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宇宙エネルギー利用システム 


夜間や雨天時にも太陽光利用  宇宙から地上にエネルギー伝送


  今月は、宇宙エネルギー利用システムの開発を進める、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)の藤田辰人氏にお話をうかがった。


原発1機分の発電目指す

  宇宙エネルギー利用システム(SSPS)とは、地上約3万6000kmの静止軌道上に設置した宇宙プラントで太陽光を受け、そのエネルギーをマイクロ波やレーザーに変えて地上に照射し、地上で電気や水素を発生させるシステムです。太陽エネルギーは地上でも太陽電池を通じて利用できますが、夜間や雨天時には利用できません。宇宙空間なら地球の影に入ることもなく、ほぼ24時間365日、安定的に太陽光を受けることができます。また、太陽エネルギーは大気を通過して地上へ到達するまでに約70%が失われますが、宇宙空間ならエネルギー利用率は5~10倍も向上するのです。我々は原発1機分に相当する100万kWの発電量と、8円/kwhという原発並みのコストを2030年ごろに達成する目標を掲げて研究に取り組んでいます。
  マイクロ波SSPSは太陽光を太陽電池パネルで受け、それをマイクロ波に変換して地上に伝送し、地上ではマイクロ波を電気に変換して一般の商用電力網につなげます。マイクロ波は携帯電話の電波や電子レンジなどすでに一般の生活の中で使われているものですが、大気を通過しやすいため雲の影響を受けにくいメリットがあります。
  いっぽうレーザーSSPSは、太陽光を赤外線レーザーに変えて地上に照射し、それを太陽電池で受けて電力を得るシステムです。同時に、水素社会の到来を見据え、得た電力で水を電気分解したり、レーザーを直接光触媒に当てることによって、水素を製造する方法の研究も進めています。
  SSPSで用いるレーザーやマイクロ波は、もちろん鳥や人体に影響のないレベルにまで強度を落としますので、仮にそこを飛行機や鳥が通り過ぎても何ら影響はありません。どちらの方式を採用するかは、今後の研究の進捗を見て判断する予定です。
  宇宙プラント自体の構造は反射鏡などからなるシンプルなものですが、大きさはkm単位の非常に大規模なものです。マイクロ波SSPSは反射鏡が2・5km×3・5kmもの巨大な楕円形で、重量は一枚1000トン、発電部と送電部を合わせると1万トンもの重量になります。レーザーの場合も100m×100mの反射鏡を2枚連ね、それを100個縦につなげることを想定しています。
  したがって、実現にあたって最大のコストとなるのが輸送費です。重量の軽減のため、反射鏡はフィルムのような薄い素材で作ることになるでしょう。また、km単位の巨大な構造物を地上で組み立てて宇宙に運ぶことは不可能ですので、小さな状態で一つ一つ宇宙に持っていき、それをロボットで組み立てる方法を考えています。地上から静止軌道までの間には中継ステーションを置き、2段階のピストン輸送を繰り返すことでエネルギーロスを抑え、1年に1機のSSPSを作るペースを目標として掲げています。


水素社会を視野に
  また、月の探査といった別の用途にSSPSを使うことも検討中です。月という惑星は常に一定の面を地球に向けて回っており、一ヶ月の半分は夜になるので、その間は太陽電池が使えません。そこで月の周りにSSPSを回らせて月面車にエネルギーを送る、惑星探査車用システムを実現することを目指しています。このミッションは、近い将来地上で必要な技術、特に水素エネルギー社会に向けての技術開発に適用でき、多くのスピンオフを生み出すものと期待されています。
  今後本格的な水素エネルギー時代が到来すれば、SSPSは原子力と並ぶベース電源として、広く普及するようになる可能性があります。地球温暖化につながるCO2を排出せず、風力や太陽光などのように気候の影響を受けて不安定になることもなく、原子力のように安全性や廃棄物の問題もありません。枯渇することのない太陽エネルギーが科学技術によって利用できるようになれば、資源の少ない日本もエネルギー輸出国になる可能性があるのです。
  世界で最もSSPSの研究開発が進んでいるのが日本です。90年代前半から研究が始まり、2003年には国のエネルギー基本計画のなかで「長期的視野で取り組むべき課題」としてSSPSが位置づけられています。年間予算は3億円(平成19年度)で、産官学から180名以上の研究者が参加して、システムの検討や要素技術の開発などに取り組んでおり、現在地上で500m級のエネルギー伝送実験を行っているところです。今後5~10年間で、例えば衛星間のエネルギー伝送を行うなど、宇宙空間で何らかの実証ができる段階にまで持っていきたいと考えています。